筆は書の表現を支える最も重要な道具であり、その書き味や表情は、使用される「毛」によって大きく左右されます。毛の種類は、柔らかさ、反発力、墨含み、寿命など、筆の性能に直結する重要な要素です。
今回は、筆に使われる代表的な毛の種類とそれぞれの特徴を、詳しくご紹介します。
筆の命を決める「毛」の選定
良い筆の条件として伝統的に「四徳(しとく)(円(えん)・斉(せい)・鋭(えい)・健(けん))」が挙げられます。
これは筆の穂先が丸みを持ち(円)、毛の揃いが良く(斉)、先端が鋭く(鋭)、芯がしっかりしている(健)ことを意味します。
毛の質は、これら四徳のすべてに影響するため、毛の選定は筆作りの肝とされています。
主に使われる動物の毛とその特徴
羊毛(山羊毛)
- 特徴:柔らかく、墨含みが非常に良い。消耗が少なく長寿命。
- 用途:行書・草書・条幅作品など、筆致の伸びやかさが求められる表現に最適。
- 補足:山羊の背首部分の「細光鋒(さいこうほう)」は高級品に使われる。単一素材で四徳を備えられる数少ない毛でもあります。
兎毛(紫毫:しごう)
- 特徴:毛先が鋭く、弾力とキレがある。線に張りが出る。
- 用途:仮名、小筆、写経、細字など。特に鋭い線を求める用途に適す。
- 補足:「紫毫」は中国の野兎の背毛で、極めて希少。細筆用の高級素材として重宝され、「五紫五羊」「七紫三羊」などの混毛筆にも多用される。
狸毛
- 特徴:根本は柔らかく先に向かって太くなる独特の形状。コシと弾力が強い。
- 用途:太筆・楷書・行書に向く。強い筆圧にも耐える。
- 補足:産地や部位によって「白一」「白二」「黒尾」など10種類以上に分類される。日本産の白狸毛が特に高評価。
鹿毛
- 特徴:水含みが良く、弾力があり、腰が強いが耐久性はやや劣る。
- 用途:中芯・根元補強材として使用されることが多い。
- 補足:「白真」や「真走り」と呼ばれる腹部の毛は太筆用の原料とされ、古くから重宝されてきた。
鼬毛(いたち)
- 特徴:短毛で弾力があり、毛先の利きが非常に良い。
- 用途:面相筆、極細字筆、小筆。日本では高級面相筆に使用。
- 補足:消耗は早めだが、繊細な線を表現するには最適。
馬毛
- 特徴:毛が太くコシが強い。剛毛筆に分類される。
- 用途:芯材、太筆、練習用筆、刷毛用途など。
- 補足:胴毛・尾毛・たてがみなど採取部位により特性が異なる。長毛が取れやすく量産にも向く。
混毛筆(兼毫筆)の知恵
筆は1種類の毛だけで作る「純毛筆」のほか、異なる性質をもつ毛を組み合わせた「混毛筆(兼毫筆)」が多数存在します。
<代表的な例>
名称 | 配合比 | 特徴 |
五紫五羊 | 兎5:羊5 | キレと墨含みのバランスが良い |
七紫三羊 | 兎7:羊3 | 細字に向く鋭さを優先した設計 |
狸羊兼毫 | 狸+羊 | コシの強さと墨含みを両立 |
鼬羊兼毫 | 鼬+羊 | 線の鋭さと柔軟性の融合 |
筆の性能を柔(墨含み・柔らかさ)と剛(弾力・コシ)でバランスよく整えるには、こうした混毛技術が欠かせません。
その他の特殊毛素材
さらに多様な毛の種類もあります。
- 猫毛(玉毛):綿毛が多く、粘りと弾力に優れる。面相筆に適す。
- 麝香猫毛:少量でも弾力が強く、命毛(芯材)として他毛と混ぜて用いられる。
- 狐毛・猿毛・熊毛:小筆向けや趣味的な用途に使用。
- 鳥の羽毛・植物繊維:工芸筆や趣味筆として装飾的・特殊用途に採用。
まとめ:毛を知れば、筆の世界がもっと深くなる
筆の性能は、毛の選定に始まり毛で決まると言っても過言ではありません。
「柔らかさ」「コシ」「墨含み」「先のまとまり」「耐久性」──すべては毛の個性に由来します。書風や用途に応じた毛の選択は、書き手の感性を最大限に引き出してくれるでしょう。
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